エッセイ

米粒にも字が書けそうです2015/6/8

今一番僕が欲しい物はマイクロスコープです。あと2台買い足したいと思っています。当医院にお越しになられた全ての患者さんにマイクロスコープを使った精密治療をして差し上げたいと思うからです。

30代前半、僕の目は本当に近い所も細かい所も良く見えていました。マイクロの必要性など微塵たりとも感じていませんでした。ところがマイクロスコープを用いた精密治療に初めて出会った時、本当に鳥肌が立ちました。すぐにマイクロを借金して買いました。以来8年間訓練を重ね、今ではマイクロは僕の体の一部となっています。
40歳を過ぎてから徐々に老眼が始まってきました。しかしマイクロスコープがあれば20代の若者でも見えないところまで見ることができます。人間が肉眼で見えない領域での精密治療が可能となります。
私見ですが、老眼が始まった歯科医師は細かいところが見えません。それどころか老眼はゆっくりと進行していきますので、見えていない事にさえ気付いておられない先生方もたくさんおられます。
マイクロスコープの普及率はいまだに歯科医院全体の3%程度です。ということはどういうことか皆さん御察しがつくと思います。

余談ですが、若い頃の僕はクルマがとてもとても欲しくて、身分不相応な車をローンで次々と買っていました。その車で出勤していたものですから、医院の近所の患者さんから「先生、また車買ったの?」とか「いい車だねぇ。儲かっているんだねぇ。」とかおっしゃっていただきました。実際には「男の84回払い」だったんですが・・。中には、僕の歴代の車を1台1台写真に撮ってアルバムのようにしておられるマニアックな患者さんもおられました。
今ではクルマが欲しいなどとは全く思わず、そんなお金があればマイクロスコープを買おうと思いますし、車なんてオーディオの音質が良くて燃費が良ければ十分だと思うようになりました。今では日産のハイブリッドカーに乗っていてとても気に入っています。人間って変わるものです。

どうしてそんなに「車欲」があったかといいますと、子供の頃、実家の車は軽トラックでした。車体の横には「自家用 やよし酒店」と書いてありました。小学生の頃、父親に塾に迎えに来てもらう時など友人に軽トラックを見られるのが子供心にとても恥ずかしくてたまりませんでした。おそらくそんな幼少の頃の記憶が「車欲」の原因になっていたと思います。

マイクロは借金してでも買う価値がありますが、現金で買えるならそれに越したことはありません。度々宝くじを買います。もし当たったら最新のCTも購入したいと思っています。


Women2015/5/29

僕の職場は僕以外全員女性です。8人程います。
羨ましいと思う人がいるかもしれませんが全くそんな事は無く、複雑かつ難解で悩みの連続です。
女性と男性は仕事に対しても人生に対しても、感覚、感性がかなり違うようです。うまく表現できませんが・・・。
以前全日本女子バレーの監督だった方がTVで話されていましたが、ある選手を居残りで特訓させたら、他の選手から「何であの娘だけ?監督はえこひいきしている。」と言われたそうです。そのお話は僕の周りの小世界を端的に表現していると感じました。

以前「大物と小物」というエッセイを書きました。そこに登場する不動産界の大物社長は僕の目の前で男性社員を本気でグーで殴っていました。殴られていた男性社員に「大丈夫ですか?」と聞いたら「仕事でヘマをしたから当然です」と反省していました。それどころか「今まで何回も殴られて鍛えられました。」と笑顔で彼は言いました。
暴力は男性社員であってもあまり良くないと思いますが、これが女性スタッフだと言葉での注意一つにしても非常に慎重にならなくてはなりません。この歳になって微妙に分かってきましたが、開業当初はスタッフへ注意するにしても指導するにしてもどういう言い方をしていいかさっぱり分かりませんでした。要するに体育会系のノリではダメだったということです。

過去「スタッフ全員を男にしようか?」と本気で考えた事があります。女性より男性が好きだとか、もちろん僕にそういう趣味は全くありません。しかし本気でそんな事を考えてしまうほど女性だらけの職場は本当に悩みの連続なのです。そう、涙は女性の最強の武器なのです。

女子アナが結婚して退職するというニュースをよく見ますよね。アナウンサー一人を養成するのにも物凄く経費と時間を費やすことでしょう。女子アナになりたい人はたくさんいるでしょうから人材には事欠かないと思いますが、入社して数年でチョコチョコ辞められては、人事部の人や指導担当の人は本当に大変なのではないかと同情します。
うちの医院では、去年1年間でスタッフ3人が同時に妊娠しました。歯科助手になりたい人なんてなかなかいませんから代わりの人材はなかなか見つかりませんし、仕事は回りませんし、本当に気が狂いそうでした。

ところで僕が学生の頃は歯学部の学生はほとんどが男子で、女子は1割程度しかいませんでした。ある年を境に急に入学者の半分程を女子が占めるようになりました。また歯科医師国家試験の合格率が急に下げられました。
男性歯科医師はほぼ将来開業しますが、女性歯科医師はあまり開業しません。結婚、妊娠して家庭に入る子が多いからです。推測ですが意図的に女性歯科医師を増やし、過剰すぎる歯科医院を減らすための国家的な戦略なのではないかと思います。

そういうことで女性歯科医師を見かける機会が増えてきましたが、歯科医師という職業はどちらかというと僕は男性より女性の方が向いているのではないかと思っています。もちろん全身麻酔を行って腫瘍や骨折の手術をするハードな口腔外科医などは体力のある男性歯科医師の方が向いているのかもしれませんが、普通の歯科では女性の感性や美的センス、母性的な優しさはとても貴重だと思っています。

しかしどうしても女性歯科医師には結婚・妊娠・子育てという期間が生じることがあります。歯科医師はある意味職人です。第一線から数年間離れてしまうことにより、女性歯科医師のせっかくの才能や身につけた技能が失われてしまうのは歯科界にとって大きな損失となってしまいます(職人芸は休むことなく継続することで維持されると思うからです)。

先日、娘に「歯医者になってパパの跡継ぎをしてくれない?」と言ったら、「死んでも嫌だ」と断られました。弟の火星人ラウルからも「嫌。」と断られました。
女性は本当に難しい・・・。


Can you believe?2015/5/26

彼はマスターに4杯目を注文した。「チンザノのドライとロッソをハーフアンドハーフで。」
そして彼は僕に言った。「お前さぁ、たかだか100平米くらいのちっぽけな空間で毎日過ごしてさぁ、人に裏切られたとかそんなくだらない事ばっかり言ってさぁ、馬鹿じゃないの?もっと広い視野で物事を見ろよ。アメリカに2,3年行ってみたら?きっと人生変わるぞ。・・・・・それとさぁ、どれだけスタッフに愛情をかけたとか、金をかけて指導したとかさぁ、そんなのはお前の勝手な行為と言い分であって、相手はお前が思う程、お前の事も病院の事も思ってないし、おそらく信頼もしてないよ。甘っちょろいんだよ。お前このままだと廃人になるよ。」

彼ほど酒が強くない僕は、ぬるくなったビールを一口飲んで、彼の鋭い眼をチラッと見て「うん」とだけ答えた。

「人を信じるのは確かに素晴らしい事だ。疑ってばかりいるヤツより、よほどいい人間だと思うよ。オレは猜疑心の塊だけどな。だがお前は他人に施した分が自分に返ってくる事を期待して、返ってこなければ裏切られたと嘆き悲しむ。その繰り返しだろう?施すなら施してもいいが、決して見返りを求めちゃダメなんだ。捨てる覚悟で与えるべきだ。金で繋がった人間関係ってお前どう考える?親子関係でも金の問題で破綻していく場合があるだろう?そう考えると他人とのツナガリなんてたかだか知れたモンで儚いモンだろう?」

解っちゃいるんだ。彼の言ってることは正論で、多くの修羅場をくぐって来た優秀な彼の前では、僕の薄っぺらい考えは虚想にすぎない。

「結局さぁ、何にも考えてないヤツが一番強かったりするんだよな。そういう意味ではオレもお前も敗北者だ。」


これが僕の生きる道2015/5/18

中学時代、同じ卓球部だった友人が今僕の医院に歯の治療に来ている。
彼は当時から人望が厚く、卓球はさほど強くなかったが主将をしていた。
今では不動産会社の社長をしているので、やはりリーダーとなる資質が元々あったのだろう。

その彼が先日診療時に持って来たものがある。僕が18歳の時に彼に出した手紙だ。手紙には一緒に僕の全国模試の成績表のコピーも添えてあった。
記憶になかったが、紛れもなく僕の字だったし、僕の成績表だった。
彼とは違う高校だったが、どうも彼があまり受験勉強に一生懸命ではなかったようなので、彼を発奮させるために見るに見かねて手紙を出したようだった。
彼はその手紙をおそらく勉強部屋の壁に貼っていてくれたのだろう、手紙の四隅にセロテープの跡があった。また28年経った今でも持っていてくれたことがとても嬉しかった。

手紙は今改めて見ると、時代を感じさせる文面で少々恥ずかしい(嫁は爆笑)。
また模試の志望校欄を見ると「歯学部」という単語は第一志望校から第四志望校まで1つも出てきていなかった。

僕はセンター試験の時高熱を出して(体調管理も実力のうちです)予定していた点数が取れなくて、ふて腐れて志望校(学部)を変えて二次試験まで1分たりとも机に向かいませんでした。
歯学部がどういう勉強をするのか、歯医者という職業がどんなものなのかを全く理解せずに歯学部に入学してしまいました(大学側は面接をして、僕のような志望動機の曖昧な受験生は落とした方がいいと思う)。

入学した頃は同級生に対して「オレはお前らとは違うんだ、歯学部なんて本当は行きたくなかったんだ」という態度をあからさまに出していたようで、同級生の反感を買い嫌われていました。
年上の同級生に「お前いい加減にしろ!そんなに歯学部が嫌だったらさっさと辞めて再受験したらいいじゃないか。一生懸命頑張って歯学部に入って来たヤツらに対して失礼だぞ!」と怒られ目が覚め、猛省しました。
それからはずっと歯科の世界を自分の生きる道と信じ、自分なりに愛して頑張って来たつもりです。

世の中のほとんどの人が自分のやりたかった事ができなかったり、仕事に就けなかったりで、自分がやりたかった事で飯を食っていける人の方がはるかに少ないと思います。
それを自分の運命と捉えその道で頑張って行くのも素晴らしいし、その運命に抗って本当の夢を掴み取るのも素晴らしいし・・・、どうなんでしょうか?結局「運命」という言葉など言い訳で、元々そんな物無いような気もしますが・・・。

先日の誕生日、パソコンを覗くと「志帆からバースデーメッセージが届いています!」と書いてあった。クリックすると志帆さんからメッセージが。誕生日の人全員に自動配信されるシステムになっているのでしょうが、それでも何となく嬉しいですよね。こういうお客様に対する心配りをうちの病院でも生かさなければ。


おじいちゃん先生22015/4/30

「わしはねぇ若いときはねぇ、そりゃあモテたもんだよ。フォフォフォ。」おじいちゃん先生が言う。
「へぇすごいですね。」
「ほらあの患者、中洲の〇〇〇というクラブのママだよ。中洲でナンバー1だったんだよ。ほんじゃぁ治療に行ってくる。」
僕は生まれてこのかた、クラブやキャバクラなどには一度も行ったことがない。人と話すのが苦手だからお金を払って人としゃべりながら酒を飲むという趣旨がいまいち僕には理解できない。ゆえに今後も行くつもりはない。
おじいちゃん先生がフォフォフォよく来たねぇと挨拶しているのは、上品そうなおばあさんだった。空想力を思いっきり働かせてみたが、あのおばあさんの全盛期を想像するのは困難だった。

どうも他のスタッフの噂によると、おじいちゃん先生の奥さんも元ホステスで、院長に口説かれて結婚したらしい(もちろん今はおばあさん)。
奥さんは気が強いが代診の僕に親切にしてくれた。お昼御飯もいつも僕の分まで用意してくれた。誕生日にはアルマーニのセーターまでくれた。


         ▲ブルーギル

院長のお弁当をちらっと見ると、鰻弁当だった。ウヒョー僕のも鰻!?と思って期待して封を開けると、何か見たことのない小さな金魚らしき魚が入った弁当だった。小学生の頃、家の近くの沼で釣ったブルーギルにも似ていた。
身もほとんどついておらず、おかず対白米の比率が2:98くらいだった。漬物の高菜がメインの高菜弁当?それとも本当にブルーギル弁当?。院長先生は僕の戸惑いを意にも介さず、上手い上手いと言いながら鰻弁当に喰らいついていた。
まあこれが身分の差ってやつだ。院長と代診の違い、驕ってもらっているのだから贅沢は言えない。

「ところでね先生・・。」口から鰻をクチャクチャ出しながらおじいちゃん先生が言った。「わしね、シベリアで捕虜になっとったんよ。」「えっ。」「寒くてねえ、マイナス20℃くらいあってね。仲間がどんどん死んでいってね。2年くらい捕虜になっとったなぁ。20㎏くらい体重が減ったよ。」院長はシベリア抑留者だったのか。かわいそうに。先生にはどんどん鰻を食べる権利があります。

しばらくして開業が決まり僕は退職した。その後おじいちゃん先生は肺ガンで亡くなった。80歳くらいまで診療を続け、みんなに慕われていた尊敬すべき先生です。


路地裏の中年2015/4/27

快晴の日曜日、僕は昼食をとるために路地裏に入った。ほとんどの店がシャッターを下ろしているが昼に開いている店もある。
僕は一人でよくこういうところで食事をする。

強風が吹けばすぐにでも割れそうな薄いガラスがはめ込まれた引き戸を「カタカタ・・」と開けてカウンターに座る。そしていつもと同じ席に座る。
定食を注文して耳を澄ますと、AMラジオがぼんやりとかかっていて昭和の演歌が流れている。けど決して耳障りにはならない。この空間だけ時間が止まっているようだ。
マンガや新聞は無造作に置かれ表紙はビリビリに破け、1巻の次に4巻しかないとか、店が狭いので店主のおじさんの私物が客席のところに置いてあったり、乱雑な感じが逆にとても落ち着く。

デートでカップルが来るような雰囲気は微塵もなく、くたびれた中年男が一人で来るような雰囲気。そして僕もその中に紛れれば違和感を感じさせず溶け込んでしまう。うちの嫁だったら絶対に入るのを拒否するだろう。しかし味は絶品なのである。

こういう店では暗黙のルールがあって、注文したくてもおじさんが忙しそうにしていれば客もちょっと待っておじさんの手が空いた時に注文するとか、食べ終わったらトレーを客が自らカウンターの上に上げるとか、みんなが協力してそういうのを守るところも日本人の謙虚さを感じさせ微笑ましい。

お腹も一杯になったし、今日は部屋に戻って歯の勉強を10時間以上頑張ります。


お口直し2015/4/23

僕のエッセイを読まれている方はあまりいないようです。文字だらけなのでパッと見た瞬間、読む気が失せます。うちのスタッフも読んでいないようですし、面接・見学に来られるドクターの方々も読まれていないようでした。そこで今回はお口直しに、文字を少なく写真中心で書いてみました。
ちなみに「歯科治療」は「お口治し」ですね(つまらなかったですね・・)。

リフォーム1周年のお祝いにいただきました。最近のケーキは凝ってますね。

うちの医院の駐車場にどんどん人が集まって来ています。警備の人もいます。何事でしょうか?

麻生副総理の演説でした。麻生さんのパワーはすごいです。

「うーん、あんまり上手く根充できなかったなあ・・」という感じでしょうか?

夏にライブ2回行きます。娘と一緒に行きます。

シューマッハ、少しでも回復するといいですね。フェラーリ時代の直筆サインです。



傷と感謝2015/4/15

精密検査から約3か月。後片付けに大忙しだった。今日は最後の日、30年間ここで診療してきた。
最後の患者さんを送り出し、スタッフに最後の給与を渡して一人一人に感謝の言葉をかけた。20年以上勤務してくれたスタッフもいた。そして解散。

一人きりになって診療室を眺めてみた。使い慣れた器械、器具、材料、壁のシミ、1つ1つに思い出がある。
毎日12時間、ここで過ごしてきた。たくさんつまずいて、たくさん悩んできた。多くの人々を傷つけ、そして傷ついてきた。
初めてここに来た時僕はまだ29歳だった。その当時の色褪せた写真がある。不安そうだが希望に満ち溢れた顔をしている。今、目の前の鏡には、体調の悪そうなくたびれた白髪の老人が映っている。
この診療室のおかげで家族を養えてこれた。子供を一人前に育て上げることができた。診療室に一礼をして鍵をかけ後にした。

その帰り、住み慣れた海辺の砂浜を一人で歩いてみた。平日のこんな時間にここに来れる日が来ようとは。打ちつける波の音、日差しも暖かくて気持ちいい。あと3か月余り、特に何をしたいという訳でもない。連続ドラマを観ても最終回まで観れないかもしれない。それはとても悔いが残る。可能な限り毎日海を見に来ようか。

それからしばらくして一人で僕は歩けなくなった。薬で抑えているのであまり痛みや苦しみは感じない。

診療所を閉めて3か月ほど経った。雨の音がする。僕は雨の日が好きだ。僕は病室のベッドの上で体中をチューブに繋がれていた。どうやら子供達が僕の所に来てくれたようだ。頭がぼんやりとして良く分からない。娘と息子と嫁の3人だけのようだ。嫌われ者の僕には友人が一人もいない。それはそれでとても気楽だったんだけれども・・・。
3人がごちゃごちゃ何か言っている。「お前たち一人で食べていけるようになったのか?」声にならない。呼吸が不規則になってきたことが分かる。意識が遠のく感じがする。これが僕が最後に感じたことだ。

しばらくして目が覚めた。小学生の子供達が廊下を走って騒いでいる声で目が覚めた。
「夢か・・・えらくリアルだったな。」
そして僕はまた重い黒のカバンを抱えていつも通り仕事に出かけた。

あの夢を見てから13年が経った。僕はもうすぐ60歳になる。夢の事などすっかり忘れていたが、海辺を一人で歩きながらあれが正夢だった事に気が付いた。


「努力に勝る天才なし」は本当か?2015/4/6

勉強、スポーツ、音楽、文学、演劇、あらゆる分野に天才と呼ばれる人達がいる。
果たして努力家は天才に勝つことが出来るのだろうか?
全く努力しない天才は努力家に負けてしまうだろうが、天才がほんの少し努力してしまえば、努力家は見るも無残に負けてしまうのではないかと思う(私見だが)。
「努力に勝る天才なし」という言葉は僕ら平凡な人間を駆り立てるための、あるいはちょっと希望を持たせるための言葉なのではないだろうか。

今年僕の出身高校から東大理Ⅲ(医学部)に現役で2人合格したらしいが(おめでとう!)、実際に同級生などで理Ⅲに合格した人達を見ると超努力家の人も少なからずいるが、圧倒的に天才と呼ばれる人が多かったような気がする。
例えば英単語の1つを覚えるのにも、僕らは何回も書いたり、読んだり、発音したりして、忘却と記憶の繰り返しを経てやっと脳内に定着するのだが、「どうして1度見た英単語がそのまま頭に残らないのか?」と理Ⅲ合格者に不思議がられたことがある。
また数学も解けるのは当たり前で、いかに美しい流れの解答を書くのか、また解答を様々なアプローチから何通り考え付くのかとかそういうレベルなのである。そして彼らには1日3~4時間しか勉強しない人が意外と多いのである。
右脳が関係しているのか遺伝子が関係しているのか分からないが、残念ながらいくら凡人が努力しても勝てない人達がいるのは間違いない。

現役で国立の医学部に合格したのにそれを蹴ってあえて1浪して理Ⅲに入った同級生もいた。医者になるのが目的ならどこの医学部に行こうと関係なく1年でも早く入った方がいいと思うのだが、理Ⅲに入ることに特別な意味があるのだろう。

まあ僕ら凡人は社会の底辺を支える「土台」になって頑張っていきましょう。「土台」が1つでも崩れれば「てっぺん」を支えることもできません。「頂点は底辺があればこそ存在する」のです。

ところで理Ⅲに受かった同級生に言われた言葉が忘れられない。「馬鹿から天才を見ると馬鹿に見える」。


かっこいい名前になりたかった2015/3/26

患者さんのお名前を拝見するととても興味深い。
最近流行りの、何とお読みするのか難しいキラキラネームや、おそらくは6番目に生まれた孫でおじいさんが名付けたのだろう「孫六」というお名前の方や、他にも書きたいけど書けない珍しいお名前をお見受けする。

ところで僕は自分の名前があまり好きではない。小生、「彌吉重孝 やよし しげたか」と申します。
学生の頃授業で出席を採る時、僕の番になるとたいてい先生は詰まってしまう。考え抜いたあげく「やきち君」と呼ぶ先生が多かった。・・・クラスのみんなが笑う。
小さい頃は「はげたか(禿鷹)」と言ってからかわれる事も多かった。「やきちはげたか」最悪じゃないですか!
今でも電話などで自分の名前の説明をする時いちいち面倒くさい。

苗字はどうしようもないが、せめて下の名前くらいはもっとかっこいい名前をつけて欲しかった。
うちの父親は「やよし つよし」という名前だ。「や」と「つ」しか違わない何とも語呂合わせのいい名前だ。お笑い芸人のコンビ名のようだ。
父親も当然名前の事で、幼少の頃同級生にからかわれたはずだ。それなら自分の子供にはかっこいい名前をつけようと普通なら思うはずだ。
僕の名前は「たくさん親孝行しますように」ということで「重孝」らしい。子供の将来を願ってつけた名前ではなく、自分の将来を願ってつけた名前なのだ。何と恐ろしい親だろうか。

そんな恨みをこめて父親の似顔絵を描いてみた。絵心の全くない僕だが、この絵を見て子供達はすぐに「つよしジイジだ!」と分かってくれた。


勉強!勉強あるのみ!2015/3/12

毎日の診療。これは一番勉強になります。色んな症例を治療していくので経験値が上がり、「こんな症例にはこういう治療を」とか、「こんな患者さんにはこんな対応を」とか毎日が勉強の積み重ねになります。
しかしそれだけでは足りないので、日曜日にはセミナーや講習会に参加し、新しい知識や技術を習得します。時には朝9:00から夕方5:00までぶっ続けで勉強することもあります。

しかし僕はどちらかというと、一人で歯の教科書を読む方が好きです。自分のペースに合わせて、勉強したい時にするようにしています。勉強したくない時はストレスになるだけなので無理して勉強しないようにしています。そんな時は英会話の勉強をしたり、ギターの練習をしたり、音楽を聴いたり、映画や録画しておいたドラマを観たりしています。

ところで医療ドラマって常にどのテレビ局でも放送されていますが、歯科をテーマにしたドラマってないですよね。「医龍」というドラマはありましたが、「歯龍」というのがあっても視聴率取れないでしょうね。たぶん誰も観ない。
やはり命をテーマにするから医療物はおもしろいのでしょう。
石田純一さんが主人公の「愛と平成の色男」という映画で石田純一さんは歯科医師役でしたが、歯科医師物はそれ以外記憶にないですね。石田純一さんのポジティブさが僕は好きです。娘のすみれさんも性格が良さそうで美人でとても素敵な女性ですよね。

話がそれました。
ということで、歯の本をたくさん読んでまた勉強します。


未来の歯科2015/3/2

うちの下の子の最近の写真。
3年前のような刈り上げこそ今はある程度セーブされているが、シャープなラインは健在。彼は今でも1000円散髪屋の常連客である。

僕は彼に小さい頃から、私たちは実は火星人なのだと本気で教え込んでいる。そしてこれは2人だけの特別な秘密なのだと。
僕の名はライル。彼の名はラウル。火星の地下60階に住んでいて、福岡空港の端の方の格納庫に停めてあるUFOに乗って毎週火曜日の深夜に火星に戻って、朝方地球に戻ってくると教え込んでいる。ラウルはぐっすり眠っているので気が付かないんだよと。
最近は「なぜ毎週火星に帰らなければならないの?」と突っ込んで聞いてくるので、「火星の環境に週1回戻らないと病気になるから」と嘘をついている。

当たり前だが僕は火星人でも未来人でもない。2036年から来たわけでも2062年から来たわけでもない。
僕は小さい頃からミステリー本が大好きで、宇宙人の本やミステリースポットや怪奇現象の本などを好んで読んでいた。今でも最新の宇宙論などの本(真面目な本)を見つけるとつい買ってしまう。
ネットに未来からタイムマシンでやって来た人の話が書いてあると、時が経つのを忘れて読みふけってしまう。ちょっと信じている、いや結構信じている、いや真面目に信じている自分がいる。

この前仕事から帰って着替えもそこそこに、嫁に2062年からタイムトラベルして現代に来た人の話をしたところ、「疲れてるから後にして・・。」と相手にされなかった。仕方なく小学生の娘に話したら「ヘーッ!」と言ってくれたが、その後ドラえもんのタイムマシンの話にすり替えられたのでもう話すのを止めた。

2062年には医科ではロボットによるオートプログラムでの診療・手術になっているそうだ。確かに医療分野での手術ロボットの開発は急速に進んでいる。歯科は市場規模が小さいから開発は遅れると思うが、歯科医師が血眼になって、無理な姿勢で腰を痛めながら歯を削ったり、職人芸を披露する事は無くなるのではないだろうか?歯科医師はモニターを見ながら、ロボットアームがお口の中で作業(治療)する時代は遅からず来るだろう。しかし2062年未来人によると「歯科」というのはもう無くなっているそうである。虫歯や歯周病を無くす薬が発明されるのか?はたまた「口腔科」にでも名称を変更するのか?
その頃には引退しているどころか生きているのも危ういのでどうでもいいのかもしれないが・・・。

未来の話を聞くと、少しでも長生きしてその世界を垣間見たいなあと思う。その時ラウルも僕の話があながち嘘ではなかったと思ってくれるはずだ。


大物と小物2015/2/19


  ▲写真はイメージです。

開業を決意して2年が経ちました。ほとんど諦めかけていた時、知人からある方を紹介されました。分譲マンション販売を手がける大きな建設会社の社長さんでした。
その社長さんの自社ビルの最上階に招かれました。広々とした社長室に通されると、モデルのような美人秘書がコーヒーを運んできてくれました。「一体どこで求人を出したらこんな美人が見つかるんだろう?」僕は開業して16年になりますが、未だにこんな女性が面接に来たことはありません(うちのスタッフごめん)。

社長室の奥の方には何故か和室があり、全て純金(?)で造られた祭壇が祀ってありました。
ドキドキしながら待っていると、高級スーツに身を包んだ社長さんがさっそうと現れました。オーラというか、威厳というか、自信に満ち溢れたパワーのようなものをその社長さんに感じました。

「何?先生、開業したいの?」僕は権力者の前でたじたじになりながら、いきさつを全てお話ししました。
「そう、じゃあちょっと待ってね。」社長さんは携帯電話を取り出し、「ちょっと話があるからすぐに来てよ。」と誰かを呼び出しました。

しばらくするとバツの悪そうな顔をした、小熊のような中年のおじさんが社長室に入って来ました。銀行の融資係の人でした。
「この先生が病院を開業したいらしいから、融資してやって。」と社長さんは言いました。熊さんはモジモジしながら「社長さんの御紹介でしたら、何とかします・・・。」と蚊の鳴くような声で答えました。

こうして社長さんのおかげで、銀行から融資がおりて僕は開業することができました。
社長さんにお礼を言いに行くと「手数料は融資金額の5%。現金で持って来てね。」と言われました。


数日後、融資金の中からお金を用意して、天神の一等地にあるビルの中のケーキ屋さん(スイーツのお店?)に呼ばれました。
「この店1億円でこの前買ったんだよ。」
「おーい!マネージャー、何かおいしい物作ってきて。」
「かしこまりました。」

間もなくしてタレントさんのようなかわいらしい女性が微笑みながらスイーツを運んできました。
財界人の大物と2人きりで食べるスイーツ。共通の話題は全くありません。僕は居心地の悪さを感じながら、不自然な笑顔を作って、なるべく上品に、スプーンとフォークのどっちを使っていいのかまごつきながら口に運びます。
社長さんが小声で「あの娘、かわいいだろう?◯◯◯歯科の御嬢さん。先生も歯医者さんの娘さんと結婚しといた方が後々のためにいいんじゃない?」社長さんがニヤニヤしています。
「あの、申し訳ないのですが、開業して軌道に乗ったら結婚しようと考えてる人(今の嫁)がいるんで、申し訳ありませんっ!!」
「チェッ、そうなの。それは仕方ないな。」
ますます気まずくなってしまいました。

成功者の黒いベンツを見送りながら「絶対にオレも成功するんだ!」と誓いました。
これが172㎝、60Kgあった体重が50Kgまで落ちてしまう僕の開業生活の始まりでした。


高すぎる壁2015/2/11

先日、日本育英会奨学金の「返還完了証」が送られてきました。20年かけてやっと返済が終了しました。賞状みたいでちょっと嬉しかったです。

僕の家はかなり貧しく、大学時代、親からの仕送りはありませんでした。奨学金と塾講師のアルバイトを猛烈にやって6年間を何とか切り抜けました。
お金が無く食事にも困ることが度々ありましたが、今考えるとあの時期が一番幸せだったような気がします。「歯科医師になって開業して成功するぞ!」という夢(野望?)に満ち溢れていたからです。
しかし開業することをゴールとして考えてしまったのは良くなかったと思います。開業は単にスタートラインに立つだけで、「苦難を乗り越えて新たな修業をしていく」資格を手にするだけだからです。

僕の父親は結局、商売に失敗し自己破産しました。その後、連帯保証人になっていた僕は銀行に根こそぎお金を持っていかれます。自宅も信用も何もかも全て。
そして銀行の表と裏の顔、怖さを痛いほど思い知らされることになります。

歯科医院を独立開業しようと決意したのですが、僕のような貯金も担保物件も信用も実績も何も無い人間を銀行は全く相手にしてくれません。銀行はおろか信用金庫、国民生活金融公庫、融資はことごとく断られました。

僕の前にはあまりにも高すぎる壁が立ちはだかっていました。


悪い夢2015/2/9

テレキャスターのボリュームもアンプのボリュームもゼロにした。シールドをギターとアンプにつないで電源をON.「バンッ!!」という音を立てアンプが爆発した。周りには破片が飛び散り、白い煙の中には見たことのないミミズのような赤い虫が数匹ムニュムニュと動いている。「なっ何だ、これは!」

またそんな夢で目が覚めた。「ああ、、夢か・・・。」時計を見るといつもと同じ6時5分だった。

ここ1ヶ月ほど、奇妙な夢で目が覚める。
昨年末に、ある1人のスタッフが突然いなくなってからだ。彼女は持病を持っていたが、12月に入ると徐々に悪化していった。そして12月29日に突然「退職届」が速達で送られてきた。
携帯電話の電源も切られ、連絡さえ取れなかった。
心から信頼していたスタッフだったので、突然いなくなったことでかなり精神的にショックを受け、僕はお正月休みの6日間を寝込んでしまった。そして1ヶ月経つ今でも、悪夢から目を覚ますと真っ先にそのスタッフの事を思い出し「もういなくなってしまったんだなあ」と考えながらベッドから這い出す。

昨年の秋にも、一番長く勤務してくれている別のスタッフが産休に入った。そのスタッフは春には復帰するのでいいんだが、今年に入っていきなり2人のメインスタッフが抜けて、医院はかなり戦力ダウンになってしまった。

悪いことはさらに続く。
今度は別のスタッフが次々とインフルエンザになって休んでしまった。
とうとう7人のスタッフがいた賑やかな医院が、非常勤のパートさんだけになってしまった。
パートさんは夕方には帰るので、夜は誰もいない状況になる。

今までずっとスタッフに頼ってきて仕事をしていたんだなあ、と改めて彼女達の存在の大きさと一人になった無力感を痛感した。
ガランとした院内はとても寂しく、予約もまともに入れることができないので患者さんにも迷惑をかけてしまった。

新規スタッフを募集しても1ヶ月ほど全く見つからず、肉体的にも精神的にもかなり参ってきた。
目にはくまができ、髪の毛も真っ白になってきてしまった。
それでも来て下さった患者さんにはきちんとした治療をしたいと思い気合いを入れる。自ら電話を取ったり、ふだんはスタッフがしているレジの計算などを2月になった今でも手伝っている。
こんなスタッフが少ない状況下でも文句も言わずに働いてくれている他のスタッフには本当に感謝!!

そして2月5日頃、少し事態が好転した。3年ほど前まで、正社員で勤めていたスタッフが4月から戻って来てくれることになった。また産休が明けてもう1人も春から戻ってくる。
今週からは20代の新人スタッフも新入社員として入ってくる。もう少し我慢すればまた以前のような賑やかな医院に戻るだろう。そして患者さんにもきちんとした治療とサービスを提供できるようになるだろう。
そして悪夢を見ずにきっと爽やかな気分で目覚めることができるようになるだろう。

追記 

人を信じれば裏切られた時につらく悲しい。
だからと言って人を信じないで生きていくのは楽だが、それもまた虚しく逃避でしかない。
裏切られ続けても、一生で一人くらいは信じてよかったと思える人が出てくるかもしれない。それで全ては報われる。僕はそう信じることにしている。


アンチエイジングって?2015/1/26

最近、おでこの髪の生え際が少し後方に上がってきたような気がする。普段前髪を垂らしているので気が付かなかったが、この前、風呂に入った時に自分の顔をまじまじと見ていて気が付いた。
嫁に「最近、オレのおでこ広がってきていない?ハゲてきていない?」と見せてみたが「昔から広かったわよ」とそっけなかった。

それでは頭頂部はどうだ?自分ではなかなか見えない場所だ。しかしアシスタントについているスタッフからは丸見えの無防備な部位だ。
自分が必死で歯を削っている時に、もしかするとスタッフは「あら院長、最近てっぺんが薄くなってきたわね、フフフ。」と笑っているかもしれない。

スタッフが帰った後、おそるおそる口腔内カメラで自分の頭のてっぺんを写してみた。増毛の会社のコマーシャルのように。
とりあえず大丈夫かな・・。そう思うことにした。だが確実に「老化」は足音をたてず自分に忍び寄ってきているに違いない。

「老ける」ということが現実味を増してくると人は抗う。特に女性はそうだろう。僕だって嫌だ。
しかし不老不死という宿命から人類は逃げることはできない。もし不老不死の薬が発明されれば、お金持ちは大金を払って買い群がるだろう。
けれど20歳の容姿で「実は80歳です。美魔女です。」なんて言われても本物の悪魔のように気持ち悪いだけで、自然な歳の取り方、少しずつ「老化」が起こってくるのも、ある意味生物の美しさではないだろうか?

80歳の年配の方に、まるで20歳の人のようなセラミックスの歯を入れて、「ほら綺麗になりましたね。」という歯科医師の美的センスもどうかと思うが(もちろん患者さんがそれを望んだ場合は話は別だが)、自然な年齢に合った健康美というものも考慮していく必要があるだろう。しわ一つ、シミ一つ、歯の黄色さ一つとってもその年齢に応じた美しさがあると思う。

しかしハート(気持ち)は若いままでいいと思う。80歳でも20歳のヤングな気持ちを持ち続けることは素晴らしいと思う。
考えてみると皆さんそうでしょう?歳とっても気持ちは20歳の頃とあまり変わってないでしょう?(精神医学の本にも書いてあったような気がする)。

気持ちは若々しく、見た目はある程度のアンチエイジングはいいけれども、それなりに年老いていくのも美しいと思いたい今日この頃です。


スピリチュアルの世界2015/1/22

皆さんは、霊的なものやスピリチュアルな世界を信じますか?信じる方もいるでしょうし、科学で証明できないから全く信じないという方もいるでしょう。
僕には霊感がないのでよく分からないけれども、ただ何故だか人生の節目節目でそういう世界に通じておられる方にお会いでき助けられることが多い。

今よくお世話になっているのが、小料理屋の女将さんとその娘さん。悩み事があったりつまずいたりした時にお会いしたくなり、その店に足を運ぶ。
最初はおいしいお料理をいただきながら、カウンター越しに女将さんと娘さんに相談事を切り出す。そして色んな事を視てもらったり、アドバイスを受けたりする。たまにはお祓いも!

僕は霊的な世界には疎いので、色々教えていただくことも多い。
魂とは何なのか、自分の前世は何だったのか、そしてどういう生き方、死に方をしてきたのか、今世での他人との因果関係など、その世界は奥が深すぎて、また難しくて僕には理解できないことも多々ある。

この前、娘さん(おそらく僕より一回りくらい年下だろう)に言われたのが「自分の気持ちを常にしっかり持って、経営者として前を見て、周りも注意深く見て、悪いものが来ても跳ね返すくらいの強い気持ちを持つようにして下さい。今の先生は弱すぎます。だから色々なものに憑依されるんです。」と叱咤激励された。
ちなみに今回は、魂に狐を持つ女性の生霊に憑かれていたそうだ・・・。(一度祓っても次々とその女性の生霊が憑いてくるので、何度かお祓いをしていただきました)。

こんな風に励まして下さったり御教示して下さる方がいるという事は、こんな不安定な世の中だから本当に心強くありがたい。

UFOも宇宙人も幽霊もいるかいないか分からないけれど、分からない事を想像したり、議論するのもまた楽しいですよね。

追記~当医院に電話されても上記の霊能者の方についてはお教えできないことになっています。
女将さん曰く「縁があれば自然と出会える」とのこと。


人に喜んでもらうということ2015/1/20

お客さんに喜んでもらえたり、幸せな気分にして差し上げたり、感謝されるということは本当に特別で素晴らしい事だ。
僕の場合、患者さんに喜んでもらえたり、感謝してもらったりするという実感があまりない。
もちろん治療後に「ありがとうございました」とおっしゃっていただいたり、お菓子の差し入れをいただいたりすることもある。そんな時は本当に嬉しい。
けど1日の9割以上は、単に仕事(処置)をするだけに終始し、時々患者さんにクレームを言われて悲しい気持ちになったりしている。

年間300日近く、朝8:30から夜8:30まで一歩たりとも院外に出ることもできず、一年中半袖の白衣を着て外の気温や季節感を感じることもなく、昼食は一人で毎日変わり映えのしない弁当を、嫌いな里芋やオクラがいつも入っている事にげんなりしながら胃の中に押し込み、仕事を終えスタッフの事や患者さんの事で悩みながら家路を辿る。これが16年間続いている。
もちろんこの仕事で家族を養えていけてるのだから、それは神に感謝すべきことなのだが・・。

僕は娘に「大人になったら人に喜んでもらえたり、幸せな気持ちにさせてあげる仕事ができるように、1日1日を大切に努力して頑張りなさい。」といつも話している。
けれど世の中の仕事はどんな仕事でも必要な仕事であり、ゴミ収集の方も、トイレ修理の方も、政治家だって教師だって、歯医者だって「ありがとう」と言われなくてもみんなの仕事が欠かせない大切な仕事なんだと思う。

この歯医者の仕事だって、人にクソみたいに言われても、少しだけ誇りを持って自分の中で歯科医療と志を高めていければ、自分が死んだ時に、産まれて来た目的が少しでも達成できているのかもしれない。

落ち込んだ時(ほぼ毎日ですが)に、志帆さんの歌を聞いたりPVを観ると元気を貰える。志帆さんいつもありがとうございます。
8月のライブのチケットとれるかな?


分岐点2015/1/1


▲改築前

▲改築後

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

2014年は本当に色々大変でした。自分にとっては「変革」の年だったと思います。
現在のテナントの契約が切れるので移転するか、契約を延長して現在の場所に残るかかなり悩みました。

移転先は天神西通りのアップルストアの向かい側のビルの美容室跡。中学の同級生で不動産屋の社長をやっている友人からの紹介物件で、銀行の融資も無担保・無保証で7000万円の承諾が下りました。

しかし移転した場合、太宰府のこの医院を継承してくれる先生を探さなくてはなりません。
結果、時間切れで新しい先生は見つからず、天神への移転は断念することになりました。

すぐに太宰府のテナントの契約をさらに15年延長して、大改築を始めました。15年間使ってきて、改善したいところを盛り込んで自分で図面をひきました。
外観や配管などの制約があったため、100%とは言えませんが、まあまあ満足のいく仕上がりになりました。

今年はさらに勉強して、またスタッフもより充実させて、さらにレベルの高い歯科医院を作っていきたいと思いますのでどうかよろしくお願いいたします。


Ovation Super Adamas2014/12/25

以前からずっと欲しかったギター、Ovation Super Adamas 12弦を手に入れました。
生産中止になっているため、なかなか程度の良い物が見つからなかったのですが、やっと出会えました。

ジャラーンと鳴る、Ovationの12弦の独特な生音は感動物です。それとこの彫刻のような美しい造形。眺めていてもうっとりします。

僕はギターが下手クソだけど、上手い人ならもっといい音を引き出せると思います。
今年1年間頑張った、自分へのご褒美です。


M先生は名医2012/8/4

娘が産まれる時の話です。
嫁は自宅近くの、地元では有名な産婦人科に通っていました。患者さんも多く、ドクターも数人いる大きな産婦人科でした。

出産予定日を数日過ぎた頃、やっと陣痛が始まりました。もうそろそろ産まれてくるかなと思いました。しかしそれから数日間、嫁は陣痛に苦しみましたが娘は一向に産まれてきません。
無痛分娩の事も担当医に相談しましたが、その担当医は麻酔をすると赤ちゃんを出す力が弱くなるので、うちでは無痛分娩はやっていないと言われました。

出産予定日を過ぎて2週間以上が経ちました。嫁は数分置きの陣痛に1週間苦しんでいました。担当医は「もう帝王切開しましょう。」と言ってきましたが、嫁は帝王切開はしたくないと思っていました。

それからも嫁は陣痛に苦しみ、僕が仕事を終えて面会に行くと「もう病院を代わりたい。」と言ってきました。帝王切開はしたくないし、僕の妹が出産した久留米の産婦人科の先生に診てもらいたいと言ってきました。

それから陣痛に苦しむ嫁を久留米まで連れて行きました。夜9時前でしたが、その先生は嫌な顔一つせず、僕等を受け入れてくれました。事情を説明し、嫁を診察したM先生は「こんなの簡単だよ」という風な顔をして「あと4~5時間後には産ませるからね。無痛分娩もできますよ。」とおっしゃって下さいました。嫁は「先生が神様に見える。」と言って泣いていました。

そして本当に4時間後、嫁は麻酔の中であまり痛みも感じず、無事に娘は産まれてきました。思い切って病院を代えて本当に良かったと思いました。

そしてもっと感動したのが、M先生の診療に対する姿勢。御一人で診療されていて、出産はいつ始まるか分からないので、年中無休で24時間体制という感じで頑張っておられました。きっと旅行にも行けないだろうな。
自分を犠牲にして患者さんにその身を捧げる、M先生は尊敬している先生の一人です。


心の内側2012/6/11

悩みや不安、心配事は誰にでもあること。

ある人にとっては大した事ではなくても、他の人にとっては大きな問題であることもある。 悩みや心配事がないと言う人は、それを悩みや心配事と感じない、つまり「閾値」が高いのだと思う。

僕の場合、「閾値」がかなり低く、1年中何かに悩んだり、不安を感じている。もっとタフになりたいとは思うのだが、性分なので仕方がない。

波のように、1つが過ぎ去っても、またすぐに次の波がやってくる。

仮に、今、あなたを襲っている悩みや不安は1年後にもあなたを襲い続けているだろうか?

ほとんどの事柄が1年後には解決しているか、消え去っているのではないだろうか?

1年後には消え去っているかもしれない事を悩んだり、心配したり、起きもしない悪い事態を想像したりして、精神の莫大なエネルギーを使い切ってしまうのはとてももったいない。

生まれてきた事が奇跡のようなものだから。限られた時間を少しでも楽しまなければ。

最近は、心配したり不安を感じている自分って、逆に自分らしいなと感じるようにしている。

心の平静や平和を感じていたいのは山山だが、悩み抜いて、不安がって、ボロボロになるまで仕事して、それもまた自分らしくていいんじゃないかな。


若者のエネルギー2012/4/21

うちの病院の近くの通り。街路樹の花が綺麗だ。

この通りの周囲には歯科医院が狭い範囲に5軒ほどある。ほとんどが僕と同世代の強豪ばかりだ。
うちの医院はその中でも古ぼけていて、新しくできた歯科医院さんには外観で負けてしまう。近い将来、歯科医師の後半の人生を過ごす新しい医院を作れたらいいなあと思う。

ところで最近妻が妙な事を言い始めた。「医学部を再受験してみたら?」
来月で僕は44歳になる。たしかに50歳くらいで医学部に入り直した人がテレビに出ているのをたまに見たりするが・・・。一瞬動揺した。
「人生でやり残した事に挑戦するのもいいんじゃない?生活は何とかなるでしょう。」と妻は言う。

その時、8歳になる娘が「絶対反対!!」と言った。
「だって、パパは歯医者さんの仕事だけでもこんなに疲れて、悩んだりしているのに、お医者さんになったらそれが2倍になるんだよ。だから反対!」と言われた。

子供は何気に親の事をよく見ているもんだ。確かに昔と違って、学力があれば医学部に入れるという訳ではない。昔は本当に年配の方の医学生を見かけたが、今は入試で面接も重視され、医者になるための資質を見られ、第一、18歳の少年と44歳の中年とでは、医者になった後の活躍できる期間が違いすぎる。大学は18歳の方が欲しいに決まっている。

「大丈夫だよ。歯医者さんで頑張るから。」娘は安心した。

ところで2月頃、娘から「舞台の勉強がしたいから劇団かスクールに入りたいので入れて下さい、お願いします。」とお願いされた。8歳なのにすごい事言うなあと思いながら、オーディションを受け採用してもらった。
毎週日曜日に3時間以上、歌や演技、ダンスの練習がある。僕は学会などがなければ、娘の送り迎えをしている。

宝塚出身の先生によるダンスのレッスンを後ろの方で見ていたら、劇団四季のライオンキングに出ていた、ヤングシンバやヤングナラの子たちもレッスンを受けていた。少しお兄さん、お姉さんになったヤングシンバ・ナラの子たちのダンスを見ていたが、若者の情熱に溢れ、真剣に打ち込んでいる迫力に僕は圧倒されてしまった。

あの10代のエネルギー。僕には何か忘れてしまっているものがあるようだ。そしてそれはもう取り戻せなさそうだ。


刈り上げくん2012/2/14

このみごとなスッキリとした髪の切り方を見て欲しい。
うちの下の子のヘアースタイルである。彼は1000円散髪屋の常連客である。

1000円とはいえ、きれいにスムーズにバランスよくカットされている。1000円でここまで切ってくれるとは本当にありがたい。

ちなみに僕は年甲斐もなく、美容室に行っている。当然お客さん達は若い女性が多く、僕1人がちょっと浮いた感じがして気恥ずかしい時もある。けどたまに僕より年配の、少し髪の毛が淋しくなっておられる男性のお客さんも見かける。「まだ僕も美容室に行っていいんだ。」勇気づけられる瞬間である。

ところで何故僕は美容室に通っているかというと、もちろんカットの仕上がり具合が理髪店と違うというのもあるが、美容室には学ぶべき点がたくさんあるからだ。
女性客を満足させるには細かい気配りが大切である。ほとんどが女性客である美容室には色んな学びのヒントがある(もちろん繁盛店しか勉強にならないが)。

美容室の店舗数は異様に多い。その中で勝ち残るのは容易ではないだろう。お店が綺麗といったハード面も大切だが、おもてなしの気遣いといったソフト面も非常に重要となってくる。
僕は消費の主役は男性でなく女性だと考えている。当医院は女性の患者さんが約75%、自費率は約50%である。男性主体だとここまで自費率は上がらないだろう(インプラント専門医院は例外、当医院は審美歯科とケアがメイン)。

歯科医院も生き残るためには変化していかなければならない。医療なのだから、患者さんに媚びへつらうのは僕は好きではないが、例えば日曜診療は将来当たり前になってくると思うし、患者さんの利便性や満足感をまず第一に考えた診療スタイルになっていくはずである。

ところで最近、白髪がめっきり増えてしまった。うちのスタッフから「最近、院長めっきり老けましたね。」と言われてしまった。


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