太宰府市|ヤヨシ歯科|エッセイ(essy)

審美歯科/歯科金属アレルギー外来・ヤヨシ歯科

ヤヨシ歯科院長の日々雑感を綴っていきます。

渋谷!2012/1/20

今日は歯の仕事で渋谷まで日帰りで行ってきました。
東京は初雪だったそうで、福岡と気温差がかなりあって寒かった。

このハチ公前のがスクランブル交差点なのかな?

彼はこの風景を見ながら歌を作ったのかな?彼は僕より3つ学年が上。生きていれば今46歳・・。彼のデビューアルバム(当時はCDじゃなくてレコード)を初めて聞いたのが僕が15の時。ライブもかなり行きましたよ。高校生の時は遠方のライブにはなかなか行けなかったけど、彼が26歳で亡くなる最後のツアーまでよく行きました。どのライブも良かったけど、日本青年会館(1985)や有明コロシアム(1987)が特に好きですね。今でも寝る前に時々ライブのDVD見ます。おかしな大人ですよね。

ところで山の手線のラッシュ死ぬかと思いました。「無理しないで下さい!」なんて言う駅員のアナウンス初めて聞きました。それにあの人間の多さは何っ!?こんなに人間っているんだと改めて思い知らされました。

今日は19時からShantiが出演するライブが渋谷であるんだけど、行きたいけど行けないな、明日も朝から福岡で診療だから。

刑事(DEKA)2012/1/19

僕の医院にはたまに刑事の方が来られる。
治療中の僕にスタッフが「警察の方がお見えです。」と言いに来る。
人間とは不思議なものだ。何も悪い事はしていないのに、ドキッとしてまるで逮捕される気分になってしまう。

いきなり警察手帳と逮捕状を見せられ、手錠をかけられ連行される。頭に毛布をかぶせられ、パトカーに連れ込まれる。
そんなシーンが走馬灯のように僕の頭をよぎった。

「はっはい、すぐ行きます。」ドキドキしながら受付に行くと2人のスーツを着た刑事さんがいる。
「・・・署の者です。」警察手帳を見せられた。まるでドラマと同じだ。「きっとこれは誤認逮捕だ、取り調べが厳しくて無実なのに「自分がやりました」って自白してしまったらどうしよう・・・。」
意識が遠くなってきた。

「先生、お忙しいところすみません。実はこの方に見覚えはありませんか?」
刑事さんが差し出したのは、腐敗した御遺体の写真と頭部のレントゲンの写真と歯型だった。
「海で見つかった御遺体なんですが、身元の手がかりがさっぱりなくて。」

うちには今、約5500枚のカルテがある。刑事さんが持って来たレントゲンを見てもピンとこない。お顔の写真を見ても分からない。
「すいませんちょっと分からないんですが、このレントゲン、ここが特徴的ですね。これは珍しいです。年齢は50〜60歳くらいかな。それとこの治療の痕跡。こういう治療をする歯科医院は限られてくると思います。保険治療しか受けられてないですね。歯も抜きっぱなしのところがあるから、あまり歯に関心がない人ですね。」
出来る限り分かることをお伝えした。
刑事さんはがっかりした様子で、「そうですか・・・。ありがとうございます。」と言って去って行った。

Lonely Worker2011/12/29

今年ももう終わりですね。最近世間のお父さん達の大変さがよく分かります。
仕事で上司に怒られたり、部下が起こした問題の処理、お客様にクレーム(言いがかりに近いような)を言われたり、体調が悪くても休めなかったり、毎日仕事でプレッシャーを受け続け「こんな仕事もう辞めてやる!」って思っても、家にいる家族の顔を思い出すと「頑張るしかないな・・。」と半ば諦めに似た気持ちでまた仕事に戻る。

「院長、あんたは経営者だから楽でしょう。」と思われる方もいるかもしれないが、結構歯科の院長も大変なんですよ。月曜から土曜日までぶっ続けで仕事です。労働時間は週70時間超です。昼休みは20分くらいです。物置小屋のような暗い院長室で一人で400円の味気ない弁当を食べます。昼間は1歩も外に出れません。スタッフ管理が大変です。患者さんのクレームも自分で処理します。ボーナスなんてありません。退職金もありません。病気しても休めません。僕は数年前の8月13日に腎臓の手術をしましたが、2日間のお盆休みだけ休んで、8月16日には熱が高く、赤ワインのような血尿を出しながら仕事しました(看護師さんに怒られました)。右手を貫通するくらいの大けがをしたこともありますが、仕事を休みませんでした。これを13年間続けています。意外と大変でしょ。

でも治療するのが好きだから休まないのも自分の判断でやってるんですけど、あまり短距離のように全力疾走し続けるのもどうかと思う。いい作品を作り続けるには心身ともにある程度余裕のある状態じゃないとね。
それとセンスを大切にしたい。センスは精神と肉体の十分な自己管理のもとに発揮できるもの。センスが発揮できないと治療もただの労働で終わってしまう。

「今年の1番」
・良かったこと〜いいスタッフとともにいい仕事ができたこと
・悲しかったこと〜妹の子供が亡くなったこと
・嬉しかったこと〜SHANTIと話ができたこと、SHANTIと同じ空間で同じ空気を共有できたこと
・おもしろかったこと〜自分の前世を教えてもらったこと、自分の魂の由来を教えてもらったこと
・つらかったこと〜仕事上の嫌なことで心が折れそうになったこと(今まで7000回くらい折れそうになりましたけどね。もう折れてるのかな?それだけ仕事に真剣に取り組んでいるんです!)

それでは、また来年も頑張ります。よろしくお願いいたします。

先輩2011/12/13

僕が今までの人生で一番仲が良かった友達はS先輩だった。高校の1つ上の先輩だった。大きな病院のお坊ちゃまで、貧乏な家の子供だった僕とは生まれも育った環境もかなり違っていた。
それでも何故か気が合って、高校を卒業した僕は福岡に戻ってきて、S先輩も福岡の予備校にいたのでよく会っていた。
「ヘリンボーン」というショットバーにいつも2人で行って、酒を飲んでそれからラーメンを食べたりしていた。「先輩、ちゃんと勉強しなきゃダメですよ。」と言っていたが、S先輩はよく僕の部屋に遊びに来て、一緒にほか弁を食べたりして他愛もない事をずっとしゃべり続けていた。

S先輩は「お前は大学生でいいよなあ」と言いながら、身を粉にして働く金欠の僕とは違っていつもお金をたくさん持っていた。おまけにS先輩はイケメン。クリスマスイヴは僕はたいていアルバイトで1人淋しいイヴだったが、S先輩にはかわいい彼女が何人かいて、24日の夜は時間差で彼女達と会っていたから大忙しだった。プレゼント代で数十万円使っていた。
「ヘリンボーン」では1人で飲みに来ていた某TV局の女子アナに誘われて僕を1人残して2人で出て行ってしまうし、予備校の美人受付嬢と付きあったりとそれはそれはすごかった。

S先輩がやっと大学の医学部に入って、お互い多忙になって、会う事はほとんどなくなっていった。

その後しばらくして、噂で聞いた。S先輩が朝、布団の中で冷たくなっていたということを。

先輩、あの世でも女の子誘ってるんじゃないですか?また機会があったら一緒においしいカクテルを飲みましょう。

Crossroads2011/12/3

昨日、休診にして日帰りで東京の渋谷に行ってきました。もちろん歯科の仕事でです。
羽田からの電車の乗継が容易だから、意外と博多からでも渋谷って近いんですよ。

今僕は、歯科医人生をこれからどう歩んでいくか、まさに岐路に立っています。

このまま、片田舎の治療屋で終わりたくないなと思っています。
渋谷に行くのは選択肢の1つを探るため。
これからも度々東京に出て行くことになると思う。

けど福岡に帰ってくると、ほっとして落ち着くんですよね。

My machine2011/12/1

今日は車の話。車に興味ない方は読まない方がいいです。

今僕は自分の車として、NSXタイプRとランエボXを持っています。
ランエボXは通勤用。競技用ではないので、ナビもオーディオも何でも付いているプレミアムパッケージというグレード。重いです。4WDなので、雨の日の高速の通勤も安心です。

NSX−Rは本当にスパルタン。16年落ちの車で軽量化のためパワステもエアバッグも何も付いていません。コンビニの駐車場に停めるのも一苦労。走るためだけ、そして眺めて悦に入るための車です。事故ったらたぶん終わりなので、子供は乗せられません。

NSX−Rでスタンドに行くと、店員のお兄さんが嬉しそうに「Rですか、いいですねえ。自分はR−32に乗っていてブレーキのローターを・・・・・。」と話かけてくる。車好きじゃないと分からない「FD3S」とか「S13」とかそういう単語で会話が成り立ってしまうのです。

けど若者の車好きも本当に減りましたね。昔はクーペにGTウィングなんか付けた車があっちこっち見られたのに、今スポーツカーに乗っているのってオジサンばっかりですもん(自分も含めてね)。
僕は学生の頃車が欲しくて買えなくて、なぜか色んな車のボディサイズとか馬力・トルクなんかのデータが自然に一杯頭に入っていました。

今でも僕の心に焼き付いているのが、初期型のS2000.レカロのバケットシートとロールケージ入れて、休みの日はひたすら峠でラップタイム測って練習していました。9000回転のレブリミットまで回した時の音が本当に快感でした。新車で買って(男の84回払い)、2年で廃車になりましたけど、これでだいぶドライビングが鍛えられたかなあと思います。
サーキットは子供が生まれる前は時々行っていましたが、タイヤ代とサーキットまでの時間がかかるので、今は行っていません。

今でも車の運転が上手いヤツが一番かっこいいっていう考えは変わってないのです。

身分不相応22011/11/26

僕の父親は小さな酒の小売店を営んでいた。
店の2階が自宅で、店の面積は10坪あっただろうか、店も家もかなり狭かった。
小売店といっても実際のところ立ち飲み屋みたいな感じで、いつも夕方は近所の工場のオヤジ達が母親を話相手に酒を飲んでいた。

玄関は店の入り口1つしかなく、夕方学校から帰るといつも酔っ払い達が酒臭い息で僕に顔を近づけ「勉強頑張ってる?」などと話かけてきた。

家のリビング(居間)は4.5畳くらい、風呂も小さく汚く、今でも時々夢に出てくる。
父親は酒の配達をしていたが、小さい頃はよく配達の手伝いをさせられた。それと空き瓶の片づけの手伝いはきつかった。

父親はお客さんに「酒の配達のついでに肉を買って来い」と言われ、肉屋に肉を買いに行っていた。悔しそうな父親を覚えている。

そんな父親は僕を医者にしたかったようだ。世間を見返すため?一度父親から「お前は投資だ。だから金をかけて塾にやったりしている。」と言われたことがある。母親からは「この金食い虫が!」と言われたことがある。塾の月謝が高かったからだ。

残念ながら僕は医者にはなれなかった。父親は今でもこう言う。「九大にこだわらずに、地方の大学の医学部にでも入っとけば良かったのに。それだったら楽に受かっただろうが・・。」確かにそうかもしれない。

僕はセンター試験で大失敗して800点満点で696点しかとれず、九大医学部を諦めた。仕方なく九大歯学部を受験することにした。落ち込んでやる気が失せて、センター試験が終わって2次試験までほとんど勉強せずに家でゴロゴロしていた。

その後結局父親は自己破産して、保証人になっていた僕は銀行に金をごっそり取られてしまった。まだ開業して1年くらいのことである。

なぜ貧乏な僕が開業できたのか。1999年当時、いわゆる銀行は「貸し渋り」の時期で、それ相応の担保や保証人がなければ融資は下りなかった。

理由は簡単。うちの医院の建設に関わったある建設会社の社長さんが銀行に「ヤヨシ先生に融資しなさい」と言って銀行を動かしてくれたからだ。それくらいその社長さんには力があり、肺がんでお若くして亡くなられたが、今でもヤフードームのフェンスに広告を出しているほどの大きな会社の社長さんだった。もちろんお礼として、融資金から数%社長さんに徴収されたが、その社長さんのおかげで今の僕がある。

実家が裕福で、お金の心配もせず、開業当初からCTなどの高額な医療機器を導入して、結局失敗して、医院を潰し、親が借金を何とか肩代わりしてくれる。そんなお坊ちゃまに生まれたかったなあと夢見ることがある。

身分不相応とは僕のことだ。貧乏な家の子供だった僕は開業など本当はできなかった。

Favorite musician2011/09/20

先日、SHANTIのミニライブに行ってきました。土曜日の午後4時からだったので、診療が終わってダッシュで駆けつけました。
SHANTIは本当に大好きなアーティストで、いつも仕事が終わってクタクタになって帰宅する時、車の中でCDを聞いて癒されています。

目の前3メートル位のところで、SHANTIの生歌を聴くことができたのですが、本当に感激しました。
最後はSHANTIと握手してサインもしていただいたので、とても嬉しかったです。

SHANTI

グリンダ2011/08/28

九州の皆さん、キャナルに劇団四季のウィキッド観に行きました?4月から8月までの期間限定でしたが、僕の娘は6回観に行きました。ちなみに僕と嫁は3回ずつ行きました。
娘は5歳の頃から劇団四季に入りたいと言っていて、今でもその目標はぶれていないようです。
クラシックバレーを週に2回習い、嫁がピアノ講師なので毎日音楽のレッスンを受け、今度は声楽も習いたいと言っています。ちょっと耳で聞いた音楽をさらっとピアノで弾けるのはすごいなあと思ってしまいます(親バカです)。
よく娘にウィキッドのセリフの掛け合いを求められるのですが、娘は一言一句覚えていて、僕があいまいな間違ったセリフを言うと「何でパパは3回も観に行って全然覚えてないの!」と怒られる始末・・・。

SHANTI

ところで一度だけ沼尾みゆきさん演じるグリンダを観ることができたのですが、「すごい!」の一言。あの歌声には誰もがうっとりしてしまいます。

人に感動を与えられる、アーティスティックな仕事って本当に羨ましいです。もちろん生まれ持った才能とそれを開花させる血のにじむような努力があるからこそ人を感動させることができるんだと思います。

楽譜が読めたり、楽器が弾けるのっていいなあと思う。中学の時、音楽が得意な隣の席の女子に「数学の答え教えてやるから、その代わり音楽の答え教えて。」なんてことやってたからダメなんですよね。

身分不相応2011/07/19

僕は以前にも書いたが家が貧しかった。

何とか大学にまで行かせてもらったので、まだありがたい方だとは思うが、大学時代は常に「金欠」との戦いであった。

まず日本育英会の奨学金をもらった(今でも返している)。しかしこれだけでは足りない。入学式前からアルバイト探しだ。

運良く塾講師のアルバイトを見つけた。時給もまあまあだったし、このバイトを6年間続けて何とか卒業できた。ありがたかったけど辛かった。

大学のクラスのみんながサークル活動などで青春を謳歌している時に自分は仕事だった。塾のテキストの予習、講義、休日はテスト監督、採点など・・・。まったく遊ぶ暇がなかった。何よりもきついのは体調が悪くても休めないこと。大学の試験期間中に風邪をひいて高熱があるのに、塾の講義とテスト勉強。このきつさだけは今だに忘れられない。

また食費を晩御飯100円以内で収めなければならない時が多くて、何か、色が変な、何の肉か分からないような肉やもやしばっかり自炊して食べていた。

卒業した後は、すぐに就職。親を助けるために、1日でも早く1円でも多くかせぐためだ。本当は、大学病院や一般開業の有名な先生のところに就職して、薄給で我慢してまずしっかり勉強して、30代後半で開業するのが1番いいんだろうけど、僕の場合は「とにかくクラスの中で1番早く開業すること」。それしか頭になかった。

他県の地方の歯科医院だったが、少し給料が良かったので、そこに就職した。朝は1時間早く出勤して、抜去歯牙を使って形成などの「朝練」。夜診療が終わって、また1人で練習。その後部屋に帰って、ひたすら歯の本を読んだ。あまりのきつさに仕事が終わって吐いたりしていた。

その甲斐あって、卒後2年で開業の話が出てきた。お金がない僕がどうやって銀行から融資を受け、開業できたかはまた今度書きたいと思います(クラスで1番目に開業する目標は達成した)。

ところで話は変わるが、先日大学を卒業して丸4年経ち、28歳にもなるのに、麻酔さえまともに打てない歯科医師が見学に来た。あきれてしまった。「先生は研究者になるの?」と聞いたところ、「いえ臨床に行きます。」と言われた。「早く頑張って臨床を勉強しないと、手が固まるよ(治療が上手くならないよ)。最初の3年間が勝負だと思うよ。」と言ったら、「先生の時代と今は違うんですよ!患者さんを診る機会もあまりないし!」と怒られてしまった。まあ、確かにそうかもしれないけど・・・。

ネットで歯科医師の求職のページを見ると、自己PRで「卒後3年目です、希望年収は800万円。1日の勤務は8時間以内希望」なんてのがあった。時代は本当に変わり、若者の意識は変わったのかなあ。今でも僕は1日の約12時間、週70時間くらい医院内で仕事してますよ。日曜日はセミナー受講して、医師や歯科医師ってそんなもんじゃないのかなあ。

conceited2011/06/29

先日、他の歯科医院で治療を受けていたが、続きをして欲しいと初診の患者さんが来院された。

最初のカウンセリングでその患者さん曰く「前行っていた所の院長先生がこう言うんですよ。」「自分は審美歯科医で上手いんだ。他の周りの歯医者は場当たり的な1本ずつの治療しかできないが、自分は総合的に治療ができて、あなたの治療は自分が1番上手くできるんだ。」

大したものである。一瞬チャーリーシーンの名言を思い出したが、その自信、自惚れ、本当に尊敬に値する(嫌味ではないですよ)。

それくらい精神的にタフでないと今の歯科業界では生きていけないからだ。

歯科医院の数はコンビニの約2倍あると言われている。共存はもはや難しい。まさに潰し合いである。

前の歯科医師の治療の跡をケチョンケチョンにけなし、インターネットの口コミで自作自演する。そこまでやる歯科医師もいると聞いたことがある。みっともないがそれだけ歯科業界は逼迫しているということであろう。

ちなみに私はインターネットの口コミサイトなど10年以上見ていない。全く興味がない。人にどう思われようとどうでもいいのだ。自分と相性の合う患者さんだけが来院してくれて、自分の好きな治療ができればそれでいいと思っている。
しかし生活していくために、家族を養うために「患者さんは誰でもウェルカム」しないといけない先生方もいる。

患者さんが来なくて自殺にまで追い込まれるなんて本当に気の毒である。

大切な命2011/05/27

先ほど妹の子供が亡くなった。
まだ10歳になったばかりだった。

小学校1年生の時に脳腫瘍になった。脳腫瘍のなかでも悪性度が高く100万人に1人なるかならないかくらいのガンだといわれていた。

脳腫瘍になる前、片耳も腫瘍で聞こえなくなり、それだけでもかわいそうなのに、ガンで命まで奪われてしまった。

もっと小学校にも行きたかっただろうに、友達や両親とももっと遊びたかったろうに、成長して恋愛だってしたかっただろうに・・・。

何回も手術を頑張って、抗がん剤の副作用も我慢して、放射線治療もたくさんやって髪の毛も抜けて、あんな小さな子が何であんなつらい目に遭わなければならなかったのだろう。

妹夫婦も周囲には微塵も見せなかったがつらかっただろう、僕には想像できないくらい。

1年生の頃だったか、大人になったら歯医者になりたいって言ってた。歯医者になったら伯父さんの病院をあげるねって言っていた。

お正月に親戚みんなで集まって、その子が楽しそうに笑っていたのを思い出す。今度生まれ変わった時は、きっと体も丈夫で人生を楽しんで欲しいな。

先生、私歯医者になりたいんです!2010/9/3

先日、患者さんから電話がありました。
「先生、うちの娘が歯学部に行きたいって言ってて、ぜひ先生の話を聞きたいって言っているんですがお話いいですか?」
大学受験を控えたその娘さんも以前患者として通院していたので「いいですよ。」とお返事しました。
診療が終わってスタッフが片付けをしている時、その娘さんはやって来ました。どうして歯医者になりたいのか、歯学部はどんな勉強をするのかそんな話をしました。

歯科界は今暗い話が絶えません。歯科医師の5人に1人が年収200万円以下のワーキングプアだと言われています。歯科医師に自分の子供を歯科医師にさせたいかというアンケートでは、実に7%の親しかさせたいとは思っていないそうです。私立の歯科大では、入学の定員割れが起こってきています。多額の授業料をかけても、卒業して元が取れないということなのでしょうか?(ちなみに私は6年間の授業料が約200万円でした。ありがたいことです。)いざ開業しても、患者さんからのクレームやスタッフの雇用問題、経営のこと・・・本当に悩みがつきません。

そのような話も一応しました。「それでも歯医者になりたい?」「はい、なりたいです!」その目には1つの迷いもありませんでした。こんな子がいるのなら、日本の歯科界もまだ安心だ。

歯が抜ける夢2010/8/28

私は歯が抜ける夢を時々見ます。
職業柄、結構その夢はリアルです。
朝起きて、歯を触って「よかった!歯がある!」なんてこともしばしば(素人みたいですいません)。
夢判断によると、あまりいい夢ではないらしい・・・。

ところでうちの患者さんが、「痛い」ということで来院される。診察すると歯周病の急性症状からの痛み。患者さんに「歯周病の急性症状からの痛みのようです。歯周病が少し進行していますね。」と説明すると「虫歯ではないんですか、ああよかった」
と安堵の様子。私は「???」。

どうも虫歯だと削ったりするけど、歯周病は歯肉だからそんなに心配ないだろう、一時的なものだろうということらしい。
私はあんな夢を見てるから、歯周病の方が怖い気がします。骨が吸収されて歯の動揺が起こってきて、きちんと治療せずに放置したら、抜歯になる。夢が現実になるのです。
歯周病を甘くみてはいけません。頑張って治療しましょう。

終りのない「やりかえのサイクル」2010/8/4

歯は一度削って詰め物をすると、「やりかえのサイクル」に入ってしまいます。
小さい虫歯があって、削って詰め物をする。数年後詰め物が劣化したり、その周囲に新しい虫歯ができて、また削って新しい大きな詰め物を入れる。またその詰め物が劣化したり、その周囲に新しい虫歯ができて今度は神経を取ることになる。神経を取ると金属の土台を入れてかぶせものを作る。数年後また境目から虫歯ができたり、歯根が破折して抜歯になる。抜歯をしたら両隣の歯を削ってブリッジを作る。ブリッジの支えに使った歯が今度は虫歯になる。その後は同じことの繰り返しで2本、3本と歯を失い大きなブリッジになったり、入れ歯になったりする。

だからこの「やりかえのサイクル」に入らないようにすることが大切です。すなわち予防が大切なのです。また最初の「削る行為」を適切で必要な段階で行うことが大切です。

ところが現在の日本の健康保険は「削ることで医院に収入が入る」仕組みになっています(以前より少しずつ改善されてきているようですが)。歯を予防することで医院に収入が入る仕組みができれば削る歯は減少するのでしょうが、その仕組み作りが難しいのでしょう。
しかしこんな事を書くと、患者さんは「歯は削らない方がいいんですよね!」と言ってくる。見てみると、虫歯で大きな穴があいて大きく欠けている。様子見でいいのは、あくまでもエナメル質に限局しているくらいの実質欠損が起こっていない虫歯ですね。そして虫歯が進行していってないか定期的に歯科医院で見てもらってPMTCを受けたりすることが必要です。

藤崎奈々子さん2010/7/10

以前雑誌の対談でタレントの藤崎奈々子さんに僕の病院にわざわざ来ていただきました。
マネージャーさんと雑誌の記者の方と3人でお見えになられました。
第一印象は「顔が小さい!!」。
1時間弱ほど歯科金属アレルギーや歯周病のケアなどについてお話させていただきました。
お話の後はお口の中も診察させていただいたのですが、かなり緊張しました・・・。
テレビでみるままのおっとりとした雰囲気の方でした。

もし人生をやり直すことができたら2010/7/3

歯の話と関係ないつまらない話です

「もし人生をやり直せるとしたら」、皆さんもそう思うことありますよね?僕は高校を選ぶ時からやり直したいです。

中3の終り頃、僕は地元の県立高校に行くか遠方の私立高校に行くか迷っていました。
決め手となったのは「プールがあるかないか」。そんなくだらないことで進学先を決めてしまいました。おおむね小学生の時から剣道や少年野球チームなどに入っていたのでスポーツは得意でした。ただ唯一水泳だけが嫌いで、地元の県立高校は水泳の授業がものすごく厳しくて、本当かどうか知りませんが、泳げるようになるまで冬になっても泳がされるという話を聞いていたからです。
うちの実家はどちらかというと貧しい方でしたので、当然県立に親は行って欲しかったと思いますが、僕が私立の方に行くと言ったので、金銭的に無理してまで行かせてくれました。親はプールが決め手となったということは知らなかったと思います。

その高校は進学校で、その当時学年から30〜40人ほど東大に入っていました。僕は高校1年生の頃は成績が学年で10番台でしたので、担任から「当然東大か九大医学部志望だよな」と言われていました。
実家を離れて寮に入りました。4人1部屋で刑務所のような生活でした。神経質な性格の僕はその生活になじめず不眠症になってしまいました。成績もどんどん下がって、九大の医学部には入れなくなってしまいました。金銭的に実家に近い九大にしか行けないと思っていたので、歯学部に入りました。歯科医がどんな仕事をするのか、どんな将来が待っているのか何も考えずに歯学部に入ってしまいました。歯学部に入れば歯科医師になるしかありません。また医学部(医者)と違って、ほとんどの人が開業していかなくてはなりません。将来行きたい道が極端に狭まってしまうのです。

歯科医師になってよかったですか?僕は「はい」とも「いいえ」とも言えません。歯の治療はとても楽しく、歯の勉強も好きです。ただそれ以上に苦痛やストレスも異常に多い。患者さんの事、スタッフ・雇用の事・・・、歯の事だけ考えていればいいという訳ではありません。ある人が歯科開業医ほど過酷な職業はないと言っていましたが、本当にその通りだと思います。歯科開業医ではどれくらい技術があるか、患者さんの評価をどれくらい得るかそれが大切。学歴は一切関係なく、そして悩みやストレスの90%以上が治療以外の事。

自分がもし別の職業に就いていたらどんな風だったんだろう?って最近よく考えます。県立高校に行っていたら、成績も維持できて、もっと選択肢も広がっていただろうにと思います。

カレー屋さん2010/4/6

先日、学生の頃によく行っていたある商店街に行く機会がありました。学生時代アルバイトが終わった後、その商店街に晩御飯をよく食べに行っていました。その当時、表通りからは見えない路地裏に行きつけのカレー屋さんがありました。

懐かしいなあ、まさかあのカレー屋さんはもうないだろうなと思って路地裏に入ってみると、18年前と全く変わらない看板。お店の中をのぞいてみると、あの時と同じおじさんが一生懸命カレーを作っていました。髪が真っ白になっていましたが、元気な様子。すごいなあと思いました。ずっとこの路地裏でお店を続けていたんですね。

人はともすれば、現在の状況からの変化を求めたがるものです。もちろん進化していくための変化は必要だと思う。しかし地道に一つの事を続けているおじさんの姿勢に感激しました。子供がいたので入れなかったけど、ぜひ今度お店に入りたいです。

大家に学ぶ2010/3/11

昨日夕方、2時間予約のお客様が直前にキャンセルされたので何もすることがなくなり、スタッフは各自課題をもって勉強したり、実習したり掃除をしたりしました。 僕の予約の取り方はこういう時がつらい・・・。

保険のお客様でも2時間3時間と長時間の予約を取るし、お客様に「次回は2時間御予約をお取りしていますので、キャンセルされる場合は早めに御連絡下さい。」とお伝えしても何が起こるか分からない、先日は「孫が急に遊びに来たから行けない」と予約時間の10分前にキャンセルされました。普通はこれでカチーンとくるところですが、「これは勉強できるいいチャンスだ。勉強しよう。」と切り替える努力をします。

昨夜も以前買っていて、まだ読んでいない歯の本を読み始めました。3時間ぶっ続けで読んで、読み終わった後に襲ってきたものすごい落ち込み感・・。「すごい、すごすぎる。世の中にはこんなにすばらしい治療をされる先生がおられるのか・・・。オレなんか全然ダメだな・・。」有名な歯科の先生の本を読んだり、講演を聞くと時々そう思うことがあります。

そして吸収できるところは吸収して自分の臨床に生かします。だから自分で言うのもなんですが、年々上手くなっていると感じます。3年前の自分ではできなかったことが今できるからです。

現状維持できていると思った時には力が落ち始めているのではないでしょうか?

明けましておめでとうございます2010/1/13


今年の冬は寒い日が多いですね。今日は朝から雪が降っていて、通勤も大変でした。

こんなに雪が降って寒さも厳しいのに、予約されているお客様のほとんど全員の方がキャンセルせずに来院されました。本当に感謝です!

お客様に支えられて今の私があるのだなあとしみじみ思いました。

祝、シューマッハ復帰!2009/12/24

私はF1が大好きで、F1の決勝と予選は必ず録画して観ています。1回も欠かした事はありません。F1ニュースは毎日チェックします。鈴鹿にも行っていました。
しかしここ2,3年はF1への興味が減ってきていました。何だか義務感で観ているような感じになってきていました。
エンジン開発の凍結、意味不明なレギュレーション、個性が強いドライバーも少なくなってきて・・・。
そんな中でシューマッハが3年ぶりにメルセデスGPから復帰です。本当に嬉しいです!うちの医院の待合室にはシューマッハの直筆サインも飾ってあります。
3年間のブランクがあるシューマッハが若手のドライバー相手にどんな走りを見せてくれるのか今から楽しみです。マニアックな事を言わせていただくと、まずは同じマシンに乗るニコとのタイム差に注目ですね。

男性のお客様2009/12/8


当医院には診療台が4台あります。
ある日の午前中、珍しく同時に4人のお客様が全員年配の男性のお客様だったので、写真を撮らせていただきました。
女性だけでなく男性のお客様もたくさんお見えになっておられますので、安心しておいで下さい。

ここ2,3年よくお客様からお聞きするのが、「1人の先生に最初から最後まで診てもらいたいのでここに来ました。」という内容です。
お話を聞くと、以前通っていた歯科医院では毎回違うドクターがついて、それぞれ違う説明をされて訳が分からなくなるということでした。

歯科医院にも色々あって、うちみたいにドクター1人とスタッフ数人でこじんまりと診療しているところや、1日100人くらいの患者さんが来られてドクターも数人いて、年中無休でいつでも診てくれるような大変便利な歯医者さんもあります。

それぞれ一長一短で、患者さんの好みにもよると思いますので僕にはなんとも言えません。特に歯科医院は直接ドクターが治療して、治療のやりかたや個性が結果として表れやすい診療科なので、一概には言えません。ただ患者さんが病院に求めていることが劇的に変わってきているように僕には感じます。

 

精度2009/11/7

僕はド近眼で視力は0.03くらいです。
診療時はコンタクトを使っていますが、家ではメガネを使っています。
最近メガネも安くなりました。昔の半分くらいの金額で作れます。
しかし安くなった分、フレームの精度が落ちてきたなあと思います。1年で4本くらい作ったのですが、そのうち2本のネジが買ってすぐにゆるんでしまいました。もちろん笑顔で無料で修理して下さるのですが、価格と物の精度はやっぱり比例するんだなあと思います。コストをかけてしっかり精度を上げて作った方がそれだけしっかりしたものが作れるので、壊れにくい、丈夫なものが作れるのは当たり前です。

僕の愛車ホンダのNSXタイプRもそうです。コスト度外視で多くの過程をハンドメイドで作られたこのオールアルミボディの車は、14年経った今でも、新車の時と全く変わらない走りをしてくれます。エンジンもシャーシも全くヤレを感じません。数分間に1台、ロボットの流れ作業で作られる車がこんなに長持ちするでしょうか?

歯科治療にも当てはまります。保険の範囲内で、いい治療が受けられたらそれに越したことはありません。しかし歯科の保険点数は異常に低すぎます。だから1日30人も40人も診なければ経営が成り立たない。1日にそんなにたくさんの人数を診てきちんとていねいに精度が高い治療ができるのでしょうか?アメリカの歯内療法の専門家はマイクロスコープを使うのが当たり前ですが、1日に4人しか診れないそうです。それで経営が成り立つ。精度が高い治療をするためにはそれくらい時間と費用がかかるものなんですね。

僕は保険医で保険治療もたくさんしていますが、マイクロスコープを使ってじっくり診療しているとこのジレンマにいつも襲われます。

おじいちゃん先生2009/10/31

今から11年前、開業を決意し、銀行に開業資金の融資を申し込んだ頃です。
僕の実家は貧しく、担保になるものも何もなかったので、融資がなかなか出ませんでした。
生活のため仕事をしなければならないので、融資が下りるまである歯科医院でアルバイトを始めました。
そこの院長先生はその当時80歳くらいのお歳でしたが、現役で診療されていました。昔からの馴染みの患者さんがたくさん来院されていて、入れ歯の治療を中心に毎日元気に診療されていました。
ある日、インドの女性の患者さんが来院されました。虫歯の治療で、院長先生は目があまり見えないので僕が担当することになりました。するとそのインドの女性は片言の日本語で「イヤデス!ワカイセンセイ、コワイ!」と言われました。
仕方がないので、「院長先生、あの患者さん、僕が若いから嫌だと言っています。院長先生治療お願いします。」「よしきた!」TVを観ていた院長先生は元気に飛び出していきました。しかし細かいところが見えないため、スタッフに「院長先生、それは虫歯じゃないですよ、差し歯ですよ!」
とか言われながら削っていました。
けど院長先生のこと、素晴らしいと今でも思っています。高齢になっても歯科に対する情熱を失わず、勉強を頑張っておられました。
そしてなによりも毎日診療を続け、たくさんの患者さんに慕われていました。尊敬すべき先生の一人です。

お客様へのサービス2009/10/18


さて体調もすっかり良くなってきたのでまた「医院改革」です。
僕は患者さんに喜んでいただくためにはどうしたらいいんだろう?って常に考えています。
ちなみにうちの医院では患者さんをお客様とお呼びしています。
歯の本も毎日しっかり読んでいるのですが、最近は色んな業種の方が書いた本を読むようにしています。最近何回も繰り返し読んでいるのが、高橋滋さんが書かれた著書「Iam a man.」と「お客さまに真剣ですか?」の2冊です。高橋さんはお客様に喜んでいただけるサービスについて鋭い目線で書かれています。接客サービス業に就かれている方は
一度読んでみるといいですよ。

歯科は医療ですが、その「医療だから」に甘えている部分がたくさんあると思います。うちのスタッフは大変だと思いますよ。普通の歯科医院では要求しないサービスを僕は要求して実行してもらいます。
それでも今のスタッフは辞めずに頑張ります。歯の本を僕から借りて家でも読んでいます。
うちのスタッフ偉いでしょう?

体を鍛えまくる!!2009/9/18

僕は必ず1日8時間はしっかり睡眠をとるようにしています。歯科医師は人の体を扱う仕事。
試合前日のアスリートと同じように完璧なコンディションで仕事ができるように毎日心がけています。

ただ40歳過ぎて、体力の衰えを感じてきたのも事実です。
30代の頃は1日50〜60人の患者さんを1人で治療しても平気でした。
ここ1〜2年、ありがたいことに患者さんの数がますます増えてまいりました。
とても喜ばしいことなのですが、体力がついていかない・・・。
体重がこの2年間で8Kg落ちました。
半年くらい前には、ろれつが回らくなりました。うまくしゃべれないのです。
幸い2〜3週間くらいで治りました。ところが先月には胸が痛くて苦しさを感じてきました。
お盆休みで少し休めたので無事治まってきました。

ポックリ逝くかも・・・。不安が頭をよぎります。
子供達もまだ小さいし、70歳までは頑張って診療したいと思っています。
「また体を鍛えよう!」そう思うもののなかなか実行に移せない今日この頃です。

劇団四季はすごい!2009/8/17

先日、娘と2人でライオンキングという劇団四季のミュージカルを観に行きました。娘はライオンキングが大好きで、5歳の冬頃から1,2カ月に1回は観に行っています。妻と交代で連れて行き、僕もこれで6回目になります。四季の会員なので、毎回先行発売で1階の最前列のチケットを購入しています。

しかし何回観ても劇団四季の生の迫力には圧倒されます。歌、ダンス、舞台装置、どれもが圧巻で、プロのすごさを痛感します。子役もすごい!
最前列だと、シンバが寝転んだところなどが見えにくいのですが、俳優さん達の顔の表情などもよく見え、とてもおもしろいです。

また俳優さんにより微妙に演じ方や歌い方なども違っているところも興味深いです。
先日は青山弥生さんがラフィキを演じておられてとてもすばらしかったです。